2017年05月05日

自然とのおつきあい作法再考

いつだって、
人間を正しくさせたのは自然ではなかったか。

自然への畏敬を失ったら、
もう自然の一員ではない。

自然を制圧できたと思った人間は、
もう自然での役割を終えてしまった。

畏敬は感謝でもあると思う。

自然を前にして、
その偉大さと絶対的な存在に畏敬し、
尊敬することを忘れ、

全ての自然は人間に便利なものにすべし

などと思うようになったら、

自然に触れても、感謝という感情は起きず、
逆に高慢で支配的な負のオーラに溺れていく。

それが、まさに現代社会の諸問題の元凶ではないか。
今こそ、日常的に自然に触れ、感謝の気持ちを思い出すべきだと思う。




根源的なパワーを見たことがなければ、それは心の目で見るしかない



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